食文化こぼれ話Part3―埼玉県(2)2015/03/20(Fri)

♪前回の“食文化こぼれ話Part3―埼玉県(1)”では、埼玉県の豊富な農産物についてお伝えしましたが、今回は、それらの農産物を使った“埼玉県の郷土料理”について書いてみましょう。
§ 埼玉県の郷土料理
♪前回お伝えしたように、熊谷など多くの地域で米作の裏作でコムギが栽培されておりました。埼玉県の郷土料理には、このコムギを使ったものが非常に多くあります。さらにコムギを使った郷土料理は、大きく分けると“うどん”と“まんじゅう”に分かれます。
☆“うどん”系の郷土料理の主なものをご紹介いたしましょう。
・「武蔵野うどん」:埼玉県の西部は、昔の武蔵国の入間郡と多摩郡であり、本来「武蔵野うどん」は、武蔵野台地でとれるコムギで作られる“うどん”です。今では北本、加須、熊谷、比企など広い地域で作られ食べられております。麺は太く、やや茶色がかっており、加水率と塩分は高くコシがあるために、食感が力強いのが特徴です。ザルかモリで食べます。麺つゆは甘めの鰹だし味で、具としてはシイタケ、ゴマ、ネギ、油揚げなどです。なお、「武蔵野うどん」は江戸時代からあり、主に行事食でした。
・「加須うどん」:「武蔵野うどん」の一つで、加須地域でとれるコムギを使い作られ食べられている“うどん”です。江戸時代の半ばに高名なお寺が参拝者に振り舞われたのが、この“うどん”の始まりであり、明治時代には、この地で開かれた織物(青縞織)の市に来た織物職人や織物商の人たちが、食べたりお土産に持ち帰ることで世間に知られ広まりました。小麦粉から麺に仕上げる工程のそれぞれに、普通の“うどん”作りの工程の倍の時間をかけますが、干す時間は短く加水率は高く、食感は相当しっかりしております。
♪その他のコムギの生産地でも“うどん”が作られており、土地により「熊谷うどん」、「比企うどん」などの名前がつけられております。ただし、具にその土地でとれる野菜を使い、つゆの味にも各地で工夫をこらしております。“讃岐うどん”のつるっとした食感とは大分違いますので、各地で食べ比べするとよいとおもいます。
☆次に、作った“うどん”のつけ汁と、水で練った小麦粉を使った代表的な料理をご紹介しましょう。
・「すったて」:四方を川で囲まれた川島町でも、江戸時代からコメの裏作としてコムギが盛んに栽培されてきました。当然ここでも“うどん”が作られました。この“うどん”を、農繁期の忙しいときに美味しく食べられるように考えられたのが「すったて」というつゆです。すり鉢にゴマ、輪切りにしたキュウリ、みじん切りにしたネギなどを入れて水とダシ汁を加えたあと擦ったもので、“うどん”のつけ汁にしました。ご飯にも、このつゆをかけて食べられました。「すったて」は、「擦りたて」から転じた名前です。
・「つみっこ」:コムギ栽培の盛んな本庄地区の郷土料理です。鍋にニンジン、レンコン、こんにゃく、ダイコン、ジャガイモ、ネギ、ニンニク、シメジなどを入れて、醤油味で煮ておきます。別に塩味にした水で小麦粉を練って棒状にします。具を煮た鍋に、棒状に練った小麦粉を手でちぎって入れて煮込みます。「つみっこ」は、本庄地方で“つみとる”を表す方言です。養蚕が盛んだったこの地方で、蚕の飼育のために桑の葉を“つみとる”という想いが入れ込んだ命名です。
♪埼玉県のコムギ生産地域では、コムギを“まんじゅう”にもよく使いました。“まんじゅう”に詰める餡にアズキや砂糖を使うために高級品でした。そのため、“まんじゅう”は、ハレの日や神仏に供えるために作られました。一方、農家では忙しい農作業の合間に食べられるおやつでもありました。
☆何個かの“まんじゅう”をご紹介しましょう。
・「ついたちまんじゅう」:昔、埼玉県のコムギがとれる地域では旧暦の6月1日(ついたち)(今の7月1日で、この日にはすでに夏の暑さが感られました)には“まんじゅう”を作って神仏に供え、親類や親しい人たちに配る習わしがありました。この日はコムギの収穫祭に相当する日でもありましたので農家は一日中休みました。この様子は、“朝まんじゅうに昼うどん、ひっくりかえってしぶうちわ”といわれました。つまり“朝はまんじゅうを食べ、昼はうどんを食べてそのあとはうちわであおぎながら寝てリラックスして過ごし”ました。なお、「ついたちまんじゅう」は、古くから作られていた「炭酸まんじゅう」系の“まんじゅう”です。
・「炭酸まんじゅう」:この“まんじゅう”は、埼玉県に限らず群馬県など日本の各地で作られております。卵、砂糖、重曹をよくかき混ぜたものに小麦粉を入れて、さらにかき混ぜます。それを手でちぎって何個かに分けます。その一個一個に餡を入れて丸く成形します。そして、15分くらい蒸してでき上がります。餡はアズキを煮たものに塩と砂糖を入れて作ります。炭酸は“まんじゅう”を膨らますために入れます。地方によっては、餡にはアズキの代わりに、イチジク、おから、ナス、クルミなどを入れます。
・「いがまんじゅう」:煮たササゲを、ササゲの煮汁に浸けたもち米と一緒に蒸して赤飯を作ります。“まんじゅう”の皮は、小麦粉、重曹、砂糖を混ぜて薄く展ばし、“まんじゅう”一個の大きさに切って、その一つ一つにダイズの餡を入れて皮で包みます。蒸し器に赤飯を薄く敷き詰めてその上に“まんじゅう”を置き、さらに、その上に赤飯を薄くかぶせて強火で蒸します。蒸し上がったら、余計な赤飯を取って、赤飯で包まれた“まんじゅう”に形を整えます。この“まんじゅう”は、お祝い事や子供の無病息災のために作られ食べられました。“まんじゅう”を包んだ赤飯の米粒が、クリのイガに似ていることから「いがまんじゅう」という名前になりました。
♪このように、埼玉県でとれたコムギは“うどん”や“まんじゅう”に使われて、多くの郷土料理を生みだしました。埼玉県の郷土料理には、埼玉県が接している県にも同様なものがあります。しかし、埼玉県特有の食材が使われたり、料理法が他県と異なっていたり、作る目的(例えば祝い事の種類やしきたりの違いなど)、料理の名前などが違っており、この違いが、埼玉県特有の食文化を育んで来たわけです。
♪埼玉県には、コムギ由来の郷土料理以外にも興味深い郷土料理があります。その中の何個かをご紹介しましょう。
☆「行田フライ」。埼玉県の北部には、鉄板で焼いた“フライ”と称する郷土料理があります。「行田フライ」は、その名の通り行田市周辺で作られ、農家でおやつとして食べられた“フライ”です。昭和初期には行田にあった足袋工場の女工さんたちのおやつとして普及しました。小麦粉にネギとブタ肉を入れて鉄板で薄く焼いたお好み焼き風の焼きもので、ソースよりも醤油と七味唐辛子をかけて食べるのが通といわれております。“フライ”は、縁起の良い“富来”や“布来”に由来するということです。
☆「ゼリーフライ」。やはり行田にある“フライ”です。当初はこの“フライ”の形が小判に似ているために“銭富来”といわれていたことから、転じて「ゼリーフライ」になったそうです。おからと茹でたジャガイモを混ぜて鶏卵を入れて素揚げしたものです。小麦粉やパン粉で衣付けをしないコロッケ風の揚げものです。「ゼリーフライ」は、ある料理店の主人が、日露戦争で出兵していた中国の“野菜まんじゅう”にヒントを得て作ったそうです。100年に近い歴史がありますが、平成19年に蕨市で開かれたご当地グルメ大会で2位に入ったことで、知名度が上がりました。
☆「のごんぼうもち」。“のごんぼう”は、前回書きました“オヤマボクチ”のことです。春先に“のごんぼう”の若葉を摘んで、水と重曹を入れて20分間沸騰させます。そのあと若葉を固く絞っておきます。もち米と絞った“のごんぼう”の葉を混ぜて蒸したあと、搗いて餅にします。その餅を展ばして食べる大きさに切り、その一個一個にアズキのつぶ餡をいれて包めば、“のごぼんぼう”の草餅ができ上がります。
☆「やきとり」。東松山市を中心に食べられている「やきとり」です。戦後まもなく東松山在住の韓国出身の“やきとり屋”の主人が、食べられずに捨てられていたブタの頭肉を、トウガラシ入りの味噌たれをつけて焼いたのが「やきとり」の発祥です。現在使っているたれは、白味噌をベースにトウガラシ、ニンニク、ゴマ油、みりん、果物の汁など10種類以上のスパイスなどがブレンドされています。鶏ではなくブタを焼き鳥風に焼いているので、“焼き鳥”ではなく「やきとり」という表現にしたのですが、今では東松山に本来の“焼き鳥”もありますので、「やきとり」という表現は、ブタと鶏の両方に通じるようにしてあります。
☆「忠七めし」。明治時代に小川町の料理屋によく来た山岡鉄舟(幕末から明治に活躍した政治家・思想家・書家)が、その料理屋で食べているときに、料理屋の主人・八木忠七に“調理に禅味を盛り込む”ようにいいました。忠七は思案、思考を重ねた末に、料理に、鉄舟が極めた三道(剣、禅、書)を取り入れたところ、鉄舟は満足してこれを「忠七めし」と命名しました。忠七は三道を表すために、“剣”にはワサビ、“禅”には海苔、“書”には小川産のユズを用いました。ご飯の上にこの三つの薬味とネギをのせてお湯を注いだものです。
♪ご紹介しました郷土料理の他にも、埼玉県には言われの深い郷土料理がたくさんあります。首都圏からも近いので、是非食べてみたいものです。
♪次回は、気候、地勢、文化が、埼玉県の他の地域とはやや異なる秩父地方の食文化にふれてみたいとおもいます。
2015/3/31(火) 食文化こぼれ話Part3-埼玉県(3)
関連するこぼれ話はこちら
2011/03/04(金)食文化こぼれ話Part1 - 埼玉県
─────────────────────────

■参考にした情報・文献
(財)農村開発企画委員会 農山漁村の郷土料理百選「埼玉県の郷土料理」
http://www.rdpc.or.jp/kyoudoryouri100/ryouri/11.html
フリー百科事典「ウィキペディア日本語版」2013年10月16日(水)17:16「武蔵野うどん」
フリー百科事典「ウィキペディア日本語版」2014年11月27日(木)12:40「加須うどん」
JAPAN WEB MAGAZINE「すったて」「炭酸まんじゅう」
http://japan-web-magazine.com/japanese/saitama/suttate/index.html
http://japan-web-magazine.com/japanese/saitama/tansan-manju/index.html
農林水産省 新・日本の郷土料理(2)「すったての作り方」
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1208/spe2_02.html
さいたま市 食育なび「つっこみ」
http://genki365.net/gnks18/pub/sheet.php?id=16100
さいたまるしぇ「ついたちまんじゅう を復刻」
http://www.saitamarche.info/saitama-komugi/
さいたま小麦ラボ「埼玉県の小麦の食文化 ついたちまんじゅう」
http://www.saitama-komugi.com/foodculture/
羽生市「いがまんじゅう」
http://www.city.hanyu.lg.jp/kurashi/madoguchi/character/02_culture/02_kankou/igaman/igaman.html
フリー百科事典「ウィキペディア日本語版」2015年1月20日(火)01:07「フライ(鉄板焼)」
ヤマポン総合研究所「埼玉県行田市 フライ(富来)」
http://www.geocities.jp/yamapon65/tisantisyou_furai_gyouda_1.html
日清オイリオグループ(株) 生活科学研究室「埼玉県(行田市) ゼリーフライ」
http://www.nisshin-oillio.com/report/kikou/vol1.shtml
フリー百科事典「ウィキペディア日本語版」2014年8月22日(金)04:43「ゼリーフライ」
埼玉県「のごんぼうもち」
https://www.pref.saitama.lg.jp/b0904/ryori/documents/602372.pdf
*PDFが表示されます
東松山市「やきとり」
http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/kanko/taberu/yakitori/1351670660274.html
割烹旅館二葉「名飯 忠七めし の由来」
http://www.ogawa-futaba.jp/chiyushichi-1.htm